つぶやき

日々感じたことをつぶやいてます。

過去を思い出す

昨年から蕁麻疹が収まらず、ついに糖尿病になった。

目のかすみ、ピンとが合わない老眼と近眼と乱視。

 

考えすぎ、感じすぎ・・・すぎ。

 

過ぎが過ぎて、糖尿から激やせ。

適正体重にはなったものの、3か月で15㌔は行き過ぎか。

 

事あるごとに神託されて、消化しては尻拭いする。

人と会えば、主護霊や魂、先祖たちからの伝えてよ~の申し出。

現実的に伝えてることが難しいことばかり。

無視すれば、からだに来る。

 

あげくは、見知らぬ人たちの潜在意識なども感じ取る。

 

およそが憂い。押しつぶした思い。心に受けた傷。

魂たちは、経験したいが、現実は同じことの繰り返しの毎日を訴えてくる。

 

私の立場として、頼まれてもいないことをすることは奢りになる。

どうしようもなくて、してしまえば、その方の経験を奪うことになるのか・・・いつも悩む。

そのせいで、憂いが晴れた方々もいるだろうが、そのつけは私に来る。

また、からだに来る。

 

ハッキリ言って、うんざりしている。

 

そうなってしまった自分すら呪うようになった。

 

神事にしても、神託で断れずしたこともある。

結果、現実的には自然災害になることもある。

しかし、神側からしたら、もっとひどい惨事になる前の予防なのだが、現実はその災害に合った方々の辛い思いがあるわけだ。

それも感じてしまう。

 

人の勝手さ加減とか、神々の意図することとか、なぜか板挟みになってしまう感覚。

 

大きな視野で見たらいいのだろうが、結果的には、私がしていることを人々には理解されることはない。

 

自分の中に溜まる憂い、自我と魂のせめぎあい。

突き抜けてしまえば、いいのだろうが、納得できない自分がいる。

 

生活も困窮してきた。

お金にならない仕事ばかりしてきたからだ。

助かった人たちは大勢いるかもしれないが、私はどうなる・・・。

 

のど元過ぎれば・・・人は苦しいときから逃れことでいいのか。

 

懸命に支えたことは、忘れられていく。

神や仏はそれでいいだろうが、私はどうなる。

 

そんなループにハマってしまった。

 

自分の作ったサイトを眺めていたら、飛び込んできたメッセージ。

 

全部、自分がしたこと。

受け入れるしかない。

 

ズーンと落ちた気持ちの底には、何がある。

 

それで、過去にあったことを思い出すが、辛いことばかりが出てくる。

でも、その陰にあった歓喜の思いも、僅かに見えてきた。

その一瞬のために、生きてきたんだなぁと。

 

そして、今が転換する機会なんだとも気づいた。

 

どう転換するのか、全くイメージがつかないが、火種はあることは見た。

かすかな情熱の火種をどう盛り上げていくか。

 

思案している。