つぶやき

日々感じたことをつぶやいてます。

子供のとき

ここ数日。子供の時の記憶をさかのぼってみている。

一番古いのは、母親に抱かれて花畑を見ている。

どこぞの花時計なんだろうか。

手すりみたいなところに手をあてて、ひんやりした鉄の感じを楽しんでいる。

 

弟が生まれ、一人遊びをすることが多くなった。

この頃は父親の像がまるでない。

何かしでかすと、母親のびんたが飛んできた。

それはとても痛かった。

それだけ覚えている。

 

次の弟が生まれることは、物心もついて、近所の友達と遊びまわっていた。

日が暮れて家に帰ると、ご飯があって、食べたら少ししてもう寝る感じ。

父親はいつも野球を見ながらお酒を飲んでいた。

時々プロレス。

夕方のアニメは子供の時間だったことを覚えている。

何でもいいからアニメを見ていた。

ただ憧れることとか、そういう感覚はまるでなかった。

必死に自分の時間を過ごしていたのかもしれん。

 

父親は酔うと、遊んでくれるのだが、それが嫌だったかもなぁ。

弟たちが歩けるようになると、キャンプとかアウトドアの遊びが増えた。

川や海に行っては、散々遊んだ。

父親とは、魚とり、磯遊びなんかして遊んでもらったなぁ。

ただ、酔っぱらうと嫌だった。

 

なんでこんなことしているかって?

座敷わらしのいちごちゃんに言われてから。

 

先日いちごちゃんのお家を創ってあげたんだ。

いちごちゃんは、買ってきたパーツをせっせと自分で組み立ててしまった。

ぴーちゃんに憑依してのことだけど。

それはそれは嬉しかったんだろうね。

いちごハウスを見ていると、精霊たちと一緒に遊びまわって楽しんでいるのがわかる。

いちごちゃんには、「パーパ」って呼ばれているんだ。

パーパは、なんでいちごのお家に遊びに来てくれないの?

そんなこというんだよ。

いろいろ話していたら、いちごちゃんはこういった。

「パーパは、子供の心を無くしちゃったんだね。だからいちごのお家に来れないんだね・・・。」って、寂しそうに言われたのよ。

 

だから、子供の時の記憶に楽しかったことを探している。

すんげー沢山「楽しい」があったのに。。。

今は、素直に子供になれない感覚がある。

 

だから、心の中の自分の子供時代に何があったか。

そして、離婚後会ってない現実の子供たちに対する思い。

我が家に生まれ来る予定だった子供が、別次元に居ること。

 

いろんなことが交錯しているが、子供心を掘り出し中だ。

そういう純粋さが、今後のカギなのかもしれんし。

間もなくやってくる次元の変化に対応するためにも、心の奥では必要だと感じている。

 

もうちょっとで、届きそうなんだなぁ。

もうちょっとで。

 

そしたらイチゴハウスでいちごちゃんや精霊たちと遊べるかな。

それは実に楽しみなんだ。