つぶやき

日々感じたことをつぶやいてます。

ただ幸せなこと

毎日、朝起きて幸せを感じる。

夢の中はとにかく忙しい。

霊体の自由時間が一番仕事らしい仕事をしている時間。

ときどき、はっきりと寝言を言ってしまうらしい。

誰かと対話していたり、説教じみたことだったり、喧嘩していたり。

その夢の中の仕事を終え、自分の創造の時間を迎えられる幸せ。

現実の世界は、表現する世界なので、自分をしっかり現わせた時は、

本当に幸せを感じる。

それが仕事であれ、ブログのようなものであれ、なんであれ。

あ~よくできたな・・・と思える瞬間は、格別な幸せだ。

 

学生時代にバンドを組んでた。

ライブの時は、とても幸せだった。

練習であーだこーだ言うのも、幸せな時間だった。

バドミントンをやってた。

試合に勝つことも幸せを感じるときだった。

負けた時は、とてもなく悔しい時間だった。

練習はとにかく厳しく、しんどかったけど、終わった時のそう快感は幸せだった。

 

学校をさぼって、喫茶店でたばこを燻らし、コーヒーを飲みながら、

外の雑踏を眺める時間も幸せだった。

友人と合流して、たわいもない会話をするだけの時間も幸せだった。

 

社会人になって、バイト生活の中、貧乏暮らしをしていた。

仲間がいたけど、仲間の田舎から送られてきたお米を炊いて、山盛り食った時、

おかずは、のりのつくだ煮と畑から盗んで来たキャベツの炒め物だけ。

質素なご飯だっだけど、とても美味かった。

そんな釜の飯を食った仲間との時間も幸せだった。

 

会社を設立して、初めての仕事をこなし終えた時、幸せだった。

社員と飲みに行って、バカなことする時間も幸せだった。

 

会社を閉鎖して、一人ただ過ぎていく時間を眺めるのも幸せだった。

インドに行くまでのシンクロ二シティの連続にドキドキした。

インドにたどり着いき、暑い空港に降り立った時、幸せだった。

自然しかない大地の空を眺めて、ちっぽけな自分を発見した時、幸せだった。

とんでもなく自由でいいんだと感じた瞬間、幸せは絶調だった。

バーバの亡骸の入っている棺に触れた時、心が爆発した。

わき目も振らず、ただ号泣して、白人の坊やに頭をなでられた時、幸せだった。

その後、街の祭りで現地の人たちと一緒に踊った時、幸せだった。

街の子供たちと一緒にご飯を食べた時、幸せだった。

それまでおねだりするしかなかった子供たちが、心を開いていろんなところに

案内してくれた。

家まで連れて行ってくれて、おばあちゃんにお礼された時、幸せだった。

おばあちゃんとお茶を飲みながら、たばこをふかした。

言葉もわからないのに、ただ横に座って、そうしている時間は幸せだった。

帰国して、妻と大阪で会った時、幸せだった。

それから下痢が続いて、どえらい思いをしたけど、心の眼が開いた。

見え方が変わった時、幸せだった。

 

初めてヒーラーとして仕事をした時、幸せだった。

わけがわからないことばかりだったけど、必死にお客さんと向き合って、

本気で対話する時間、かなり幸せだった。

 

いろんな幸せを感じて生きてきた。

今、その幸せがあふれている。

 

幸せの陰には、辛く、苦しく、悲しく、虚しい時間も沢山あった。

むしろその時間の方が長かったと思う。

でも、一生懸命生きるというのは、より幸せを感じるために、

より幸せではないものと向き合うことも大事だということを知った。

それで、表裏が一体となって、歓喜に繋がる。

 

この世の中は、その連続だと思う。

その経験の幅が、大きく、深くありたいと思えば、

そういう現実が向こうから未来としてやってくる。

ということを知った時も、幸せを感じている。

 

何気ない、日常のひとコマに、幸せが沢山隠れている。

 

ありがたいね。生きているって。