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つぶやき

日々感じたことをつぶやいてます。

卑屈

明日は新月ですね。

毎回、新月前に月毎の清算をしています。

我が家は、基本的に太陰暦を頼りに過ごしています。

月の満ち欠けと、身体・心・魂は、かなり密接にリンクしています。

光を映さない月夜は、闇が深くなります。

身体は心から影響を受け、病や違和感として現れてきます。

逆にテンションが上がりすぎて、欲望まっしぐらになるのが満月。

他にも、節句・節季など太陰暦には細かくエネルギー状態が記されていて、

注意すべき事項、事案、事象などある意味予測すらできてしまいます。

 

うんちくはこれ位にして、

来月のお題は「卑屈」

これは今日、二年越しに処理しているメッセージを深く掘り下げて出てきた。

納得いかない環境下に置かれ、理不尽な出来事を受け入れなければならないとき、

どんな人も卑屈になってしまわないでしょうか?

ある歴史上の人物像を追いかけて、状況・環境・状態などを整理していったら、

とどのつまりの手前で出てきたキーワードでもある。

この方の霊とは10年前位からやり取りがある。

様々なヒントを頂いたり、浄化処理のお手伝いもして頂いた徳高い人物。

 

地位向上という目的のため尽力し、繁栄にも大きく影響したであろう。

朝廷にも出入りし、ある意味エリート的存在。

しかし、その裏側には、身分を見下され悔しい思いを散々味わっていた。

その根底にある「卑屈」さをある意味バネとして、闘ってきたのでしょう。

いつか、天下をとる。

とても強い志です。

 

行動の至る所に出てくるこの卑屈な感情は、隠し持つ刃のようになってしまう。

学問から兵法まで学に貪欲で、政治のやり方としては天才だったのかもしれない。

 

と、ここまでは実に表面的なこと。

 

死して、霊界に入るも、簾の向こうに座している姿。

人を寄せ付けないようにしていたのか。

卑屈は卑屈を呼ぶ(類は友を呼ぶ)。

取り入ってくる輩、いい顔して近づいてくる。

そんな姿に自分を見ているなんて思いもよらなかったと思う。

きっと本人は、卑屈な自分をとても嫌っていたのかもしれない。

もしくは、自己擁護のため、目をつぶっていたのかもしれない。

 

家人3人がん首揃えて、こんなイメージを話し合うのだ。

そのうち、暖簾の向こうから彼が出てきた。

「私は、その自分をしっかり見つめて、天界へと向かう準備をする」と。

 

彼がそれと向き合うということは、子孫の方々はきっとモロに影響されると思う。

彼は既に旅立った。

 

背景や環境、状況、状態はいろいろあれど、

どんな人も卑屈さを経験したことはあると思う。

その自分がとても嫌になってしまったこともあると思う。

 

私もある。

どうせ・・・なんだろ。

そう勝手に決めつけて、嫌々ながらも自分を貶めてしまうこと。

この行為は、自身の尊厳を著しく傷つけてしまう。

心にも深く傷を作ってしまう。

誰にも理解されないもどかしい苦しさ。

人は敬遠していくだろう。

しかし、その反面、力を持ってしまうとどうなるか。

 

想像してみてほしい。