つぶやき

日々感じたことをつぶやいてます。

スピリットに生きる

目覚めるときは、劇的な場合も、地味な場合もある。

劇的に憧れて訪れる方も多い。

また、特別な力という認識で、特別になりたい願望の方も多い。

 

私は、かなり劇的な目覚めを用意されていた方かな。

母の末期がんから始まり、会社の閉鎖、インドへの旅・・・。

見えない世界にとても興味があった。

ヒーリング、霊視、宇宙のことなどなど。

 

しかし、スピリットの世界を知れば知るほど、それらはごく当たり前のことになった。

一番の驚きは、すごく地道なこと。

父親の地道を嫌っていた私にとって、苦痛そのものだった。

インドで教わったことなんて、ただ座ることと、マントラの幾つか。

ただ座ると言いますが、これができひんの。

考えるし、思うし、感情は湧き出してくるし、イライラするし。

ただ座る・・・

この作業に何年も費やした。

マントラは未だに、唱えている。心の中でリピートしっぱなし。

 

現実は、己の心の写しとも言われる。

その通りだと思う。

ただ座っていても、動いていくものはある。

携帯電話やPCのない時代を知っているが、そのころに戻りたいとも思う。

なんせ情報過多。

その中でも真実はほんの少しときたもんだ。

数々の誘惑にさらされ、目移りしていく欲望。

そんなのとずーっと対峙していく感じなのだ。

 

己の感覚や感情、思考に精神状態まで観察していく。

今、自分に起きていることの意味を感じ取り、その後どうしていくか決める。

みんなもやっていることと同じだ。

知識がなければ、智慧も産まれないから、知識を貪ってみたり。

でも、知識を得た瞬間から、智慧を生んでいく出来事が始まる。

本で読んでも、人から聞いても、興味を抱き意識し始めたら、勝手に引き寄せる。

これが引き寄せの法則

恐怖や不安があれば、それも引き寄せる。

で、いちいち恐怖や不安と向き合って、消えるまで見つめていく作業があり、

手放していくこと、縁を切ること、教えたり、導いたりすることで、

観念ごと入れ替えていくこともある。

それをただ座った時のイメージの中でやってしまうこともある。

過去世のことはおよそ瞑想の中で処理する。

現実に起きるときは、縁ある人と共通した過去世の清算がある時。

そんなことは、およその人が知らない。

でも、内なる自己(魂)は全て知っている。だから引き寄せ、出来事としてなる。

 

霊視、ヒーリング、サイキックなんかは、ごく一部でしかない。

これを読む皆さんも、意識、無意識関係なくやっていること。

それがそうだと知らないだけかもしれない。

 

ヒーリングは、母親の抱っこや手当てもヒーリングなんです。

カウンセリングは、身近な誰かと出来事の共有を図る時に話を聞く事だし。

サイキックは、風の便りとか、なんとなくそう感じることだし。

それらが意図的にはっきりした意識の中で起こせるからプロになれる。

それくらいの違い。

 

スピリットに生きるとは、己を知る作業をより多角的、多次元的に捉えて

自己開発と創造を意識的に起こしていく感覚。

その中に、使命と感じて為していくこともあれば、人助けをしたり、

神託を請け負ったり、時には偉そうに指導したり、教えたり、がある感じ。

 

感覚が敏感になればなるほど、楽しくもなるし、辛くもなる。

神は常にメッセージをくれていることもはっきりわかるし、

先祖の働きが現実に作用していることもわかる。

草木の精霊たちが、いつもそばにいて元気づけてくれること、

主護霊や主護神との対話から現状を変えていくこと、

魂は魂同士で支え合っていること、

そこには愛しかないこと、

良い悪いでは測れない、劇的な支え合いがあったりすること。

それがはっきりわかってくると、調和されている世界に気づく。

一見、歪んだ出来事も、必要に応じて起きていること。

 

スピリットの世界は、己を高める創造をしていく世界。

高めるとは、偉くなるとか地位が高くなることではない。

気づいたら、そうなっている場合もあるけど、意識レベルのこと。

より広く、深く、高く、そう在るよう求め創造していくこと。

 

そのために、自分の内面から変えていくんだよね。

いろんなことを。